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教会の言葉

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8月のメッセージ
2019-09-13
「第六日目に造られた人間」
「神は言われた。『我々にかたどり、我々に似せて、人を造ろう。そして海の魚、空の鳥、家畜、地の獣、地を這うすべてを支配させよう。』・・・夕べがあり、朝があった。第六の日である。」
(創世記1章26、31節)
                        牧師  藤田浩喜
日本はIWC(国際捕鯨委員会)から脱退し、商業捕鯨を再開しています。これに対して、欧米諸国から厳しい非難の声が挙がっています。ここには野生の「クジラ」と人間の「鯨」の問題が横たわっています。最大の哺乳類である「クジラ」を保護することと、人が生きるために「鯨」を捕って活用するという問題です。かつての乱獲への反省と「かけがえのない命」を尊重する思想から「クジラ」は自然保護の象徴的存在とされてきました。他方、和歌山県の太地町では、伝統的に鯨漁を生業としてきました。その地の人々は、鯨を「エビス」(海の恵み、神という意味)として崇め、感謝し、人間と同様に墓を建てて供養してきました。近年、保護団体の抗議に配慮して、鯨に苦痛を与えないように捕獲する。解体作業を工場内で行って、人の目に触れないようにする、といった変化が起こってきているようです。その反面、新鮮でおいしい状態で捕鯨できるようになったので、鯨肉の販路を広げ消費量を拡大しようと、鯨ビジネスに並々ならぬ意欲を燃やす人々も増えているようです。私たちは、このような状況をどのように考えたらよいのでしょうか。創世記1章26節は、「海の魚、空の鳥、家畜、地の獣、地を這うすべてを支配させよう」という部分がクローズアップされ、人間の傲慢を許す人間中心主義の根拠を提供してきたと、批判されています。確かに「支配する」という言葉はそのような誤解を与えかねません。しかしこの言葉は、暴君のように好き放題するのではなく、創造主である神の御心に立って「管理する」という意味を持っています。それだけではありません。人が6日目に創造されたことに注目しなくてはなりません。人は3日目に創造された「種を持つ草と種を持つ実」を食べ物として与えられています。つまり、人間も他の被造物のお蔭で生きていくことができる、同じ被造物であるということなのです。鯨の問題も、神からの「管理せよ」との御委託と、他の被造物に依存せねばならない現実の中で、謙虚に論議を重ねていく必要があるのだと思います.(2019年8月)
 
 

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