日本キリスト教会 西宮中央教会

 
 

お知らせ

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◎6月14日(日)より対面礼拝を再開しています。しかし、しばらくの間、新型コロナウィルス感染症への対策として、約45分の短縮礼拝の形で行います。また、引き続きネットによる配信も行います。
 
      
 
 
次週の礼拝
 《8月 第 2 主 日 礼 拝》
  
  日時:8月9日(日)午前10:00
 
  
 【説教題】   
    
  「福音の余韻」
 
 【説教者】   
       藤田 浩喜 牧師
 
 【聖 書】 
  イザヤ書
        (旧約 P.1131)
    43章8~13節
 
  ヘブライ人への手紙
        (新約 P.419)
     13章20~25節
      
 【讃美歌】
       37   (1節)
     363 (1節)
     512 (1節)
     29
        
 
  
 
 
 

8月9日礼拝動画

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8月2日礼拝動画

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先週の説教

先週の説教
 
先週の説教
 
ヘブライ人への手紙13章17~19節       2020年8月2日(日)
「祈りと信頼の交わり」            藤田浩喜
 
 今は新型コロナで行けませんが、海外に旅行に行かれた方も多いと思います。私も数回ですが、海外旅行に行きました。初めての土地を訪れるわけです。現地の言葉も挨拶ぐらいしかできません。現地で迷子になったらどうしようと、心配になります。そんな見知らぬ土地への旅行において、必要なのは旅を導いてくれるリーダーではないでしょうか。リーダーが現地のことに通じていて、言葉にも不自由しなければ、安心して任せることができます。「頼りないな、大丈夫かな?」というリーダーですと、安心して後をついて行くことができません。導き手であるリーダーに対する信頼感が決定的に大事なのです。
 さて、聖書は信仰者の人生をよく「旅」にたとえます。神の御国を目指しての旅です。特にヘブライ人への手紙は、そうした書き方をしています。私たち信仰者は、旅人・寄留者として人生を歩んでいきます。今日の箇所は、その信仰の旅において何が必要なのか、どう歩んでいったらよいかを語るのです。まず17節を読んでみましょう。「指導者たちの言うことを聞き入れ、服従しなさい。この人たちは、神に申し述べる者として、あなたがたの魂のために心を配っています。彼らを嘆かせず、喜んでそうするようにさせなさい。そうでないと、あなたがたの益となりません。」
「指導者たちの言うことを聞き入れ、服従しなさい。」指導者たちというのは、13章7節で語られていた「あなたがたに神の言葉を語った指導者たち」でしょう。私たちの時代でいえば、牧師や長老がこれに当たるのではないでしょうか。
しかし、「どんなことでも無批判に聞き入れ、服従しなさい」ということではありません。そうではなく、指導者たちが正しく神の御言葉を語り、イエス・キリストの福音を取り次いでいる限りにおいて、そうしなさいと言うのです。12章2節で、あなたがたは「信仰の創始者また完成者であるイエスを見つめながら」走り抜きましょうと、呼びかけられていました。私たちすべての信仰者を導いてくださる真の指導者は、イエス・キリストです。このお方に地上の教会の指導者たちも従い、御言葉を聞き入れているならば、その指導者の言うことを聞き入れ、従っていくことができますし、従うべきなのです。地上の指導者たちへの信頼は、その指導者が真の指導者である方に従っていることによって、生まれてくるのです。それがなければ、どんなに魅力的な人であり、能力に長けた人であっても、従って行ってはいけないのです。
 ここでは「聞き入れ」なさいと、言われています。単に耳の中に入れなさいということではありません。「聞くだけでなく、それを生き方へと結びつけていきなさい」と言われているのです。私たち信仰者も、御言葉を具体的な生き方へと
結びつけていくことは簡単ではありません。たとへば「隣人を愛しなさい」と言われても、自分にひどい仕打ちをした人を、簡単に赦すことはできません。恨みの視線でその人を見続けてしまいます。また「何よりもまず、神の国と神の義を求めなさい。そうすれば、これらのものはみな加えて与えられる」(マタイ6:33)と言われても、何を食べようか、何を飲もうか、何を着ようかということが先に立って、思い煩ってしまします。神の国と神の義を求めることが後回しになってしまします。しかし指導者の取り次ぐ御言葉に「聞き入る」ということは、神さまの御心から出発して物事を考えて、行動するということなのです。
 2週間ほど前、「赦しの力」という映画を見ました。これは何年か前にヒットした「祈りの力」という映画を作った人たちが、新しく世に問うた作品です。まだ上映中だと思いますので、詳しい内容を紹介することは控えたいと思います。ただ少しだけ申し上げますと、そこにはクロスカントリーの試合に出場する高校生の女の子、そしてかつてその女の子が赤ちゃんだった時、その子と妻を捨てた父親が出てきます。高校生の女の子は、育ててくれたおばあさんから、父親は死んだと聞かされていました。しかし、その父親もかつてはクロスカントリーの選手だったということで、二人は再会することになるのです。父親は主イエスと出会い、洗礼を受け、自分の罪を深く悔いています。高校生の女の子も、心に秘めた罪を抱えていましたが、校長先生の導きによって、神さまがどんなに深く自分を愛してくださっているかに気づかされ、罪を償う行動へと促されていきます。この映画を見ながら私は、私たちの信じる神さまは、人を過去から判断されないということを、今更のように知らされました。私たち人間は、どうしても過去から人を判断してしまします。「かつてそうだったから、これからもそうなるだろうという」見方から、なかなか自由になれなせん。しかし主イエス・キリストの父なる神さまは、今その人がどうであるかをご覧になるのです。過去にどんなことがあったとしても、その人が心から罪を悔い改めているなら、何のわだかりもなく、その人を全身全霊で愛してくださるのです。その同じ愛がこの自分にも向けられていることに気づかされたとき、何とも言えず心が熱くなったのでした。このような神さまの御心から出発して、それを実際の生活の中でどう実践できるのかを考える。それが、御言葉に「聞き入る」ということではないでしょうか。
 さて、17節の後半には、指導者に服従するのはどうしてか。その理由が語られています。「この人たちは、神に申し述べる者として、あなたがたの魂のために心を配っています。」新しい新改訳聖書は、ここを「この人たちは神に申し開きをする者として、あなたがたのたましいのために見張りをしているのです」と訳しています。また、聖書協会共同訳は「この人々は、神に弁明する者として、あなたがたの魂のために見張りをしているのです」と訳しています。ここには指導者たち・信仰のリーダーたちが、後で御国に到着した信仰者のために、側に立って「とりなし」をしてくれるという考えが表明されています。その「とりなし」が成功を収めるように、間違っても失格者にならないように、地上の信仰生活がきちんと送れているか、魂のために見張りをしているのだ、というのです。もし地上の信仰生活に問題が多すぎると、リーダーによる「とりなし」も大変で、嘆きを伴うものとなってしまう。信仰生活が健やかに送れていれば、「とりなし」にも張り合いが出て、喜んで「とりなし」をすることができる。想像すると、少しユーモラスな場面が思い浮かぶ言葉ではないでしょうか。
それはともかく、「心を配る」とか「見張る」という言葉は、学校の生活指導の先生のように、信徒の行動に目を光らせるということではありません。この言葉はもともと、「目を覚ましている」という言葉に由来しています。眠り込んでしまうのでなく、教会の信徒たちの魂のために目を覚まして、祈り続けていく。心にかかる教会の兄弟姉妹を覚えて、たゆむことなく祈り続けていく。そのような指導者たちの牧会の姿が、ここには描かれているのだと思います。
もちろん、現代の指導者である私たちのことを思い見ますと、心もとないこと限りなしです。ゲッセマネの祈りを主が捧げられた時のあの弟子たちのように、私たちも容易に眠り込んでしまいます。目覚めていることができません。ただ独りイエス・キリストだけが、本当の意味で兄弟姉妹のために目を覚まして祈り続けてくださっています。「シモン、シモン、わたしはあなたのために、信仰が無くならないように祈った」(ルカ22:31)と言われたイエス・キリストだけが、真の魂の看取り手であり、とりなし手でいてくださいます。現代の指導者である一人一人に求められているのは、このお方に倣う者として、精一杯心を込めて、主から託された務めに仕えていくことなのです。
そして、その務めを十分果たしていくためにも、指導者・リーダーである者たちは祈ってもらわなくてはならないのです。18~19節を読みます。「わたしたちのために祈ってください。わたしたちは、明らかな良心を持っていると確信しており、すべてのことにおいて、立派にふるまいたいと思っています。特にお願いします。どうか、わたしがあなたがたのところへ早く帰れるように、祈ってください。」教会において信仰の旅路を導くリーダーたちも、信徒の人たちの祈りを必要としています。その祈りは、主なる神さまに受け入れられ、神さまがリーダーたちの疲れを癒し、力を与えてくださいます。そのような神さまからの支えと励ましがあるからこそ、指導者たちもその務めを続けていくことができるのです。
今日の説教題にありますように、信仰の旅路は「祈りと信頼の交わり」の中で歩んでいくことができます。それを欠いては、この旅を続けることはできません。真の導き手である方の背を見つめつつ、共に、この旅を続けていきましょう。(2020年8月2日)
 
 

緊急なお知らせ

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西宮中央教会からのお知らせ

西宮中央教会からのお知らせ
  2020-07-17 月報7月号「今月の言葉」がアップされました。
  2010-09-02 ホームページを開設いたしました。
 

集会のご案内

集会のご案内
 
♫ 讃美歌を歌おう! 2020 ♫
  讃 美 歌 を 歌 お う 
 
6月には音楽祭参加、クリスマスには
ハレルヤコーラスを歌おう !
 
◆団 員 募 集 : 
ご家族、友人もお誘い下さい!
いつからでも参加O K 、男性大歓迎!
お子様連れでも O K !
◆練 習 日 : <練習スケジュール>         <特別行事参加>
(第2、第4土曜日)2月  8日(土)、  22日(土)  
          3月 14日(土)、 28日(土)     
      ※4月~6月の練習は中止になりました。        
         4月 11日(土)、 25日(土)  4月12日(日) イースター礼拝参加
          5月  9日(土)、23日(土)  5月17日(日) 特別礼拝参加
         6月 13日(土)、 27日(土)     6月6日(土)  音楽祭参加
◆練習時間 : 午後1:30~3:00          
◆練習会場  : 西宮中央教会(すずらん幼稚園) 1階ホール
◆指   揮  : マイク 川田 
 ★恵みシャレー軽井沢Singing Christmas Tree指揮者(2010年~2014年)
 ★ウエストミンスター日本人教会聖歌隊指揮者(1997年~2010年・米国ジョージア州アトランタ)
 ★The Georgia Festival Chorus・1stTenor(1991年~2010年・米国ジョージア州アトランタ)
   ・1997年からロンドンを中心に欧州各地で公演、バチカン・サンピエトロ寺院のミサでも演奏する。
 ・2001年6月にはヨーロッパの全王室が列席したデンマーク王宮の晩餐会に招待され演奏する。
 ★大阪中央YMCA合唱団・月曜コーラス、リバコール・メンバー・Tenor(1970年~1983年)
 ★NHK高松放送合唱団メンバー・Tenor(1958年~1959年)
◆参加費用 : 無 料                
◆連 絡 先   : 日本キリスト教会西宮中央教会   
               西宮市甲風園2丁目4-15   
               TEL : 0798-67-4347
 
 
「讃美歌を歌う会」からのお知らせ
 
4月~6月の練習は中止になりました。
 
 
 
 

みんなの歌声

みんなの歌声
 
「出会い」
出会い ( 2014-11-22 ・ 1795KB )
 
「主イエスを喜ぶことは」
「主イエスを喜ぶことは」 ( 2015-03-23 ・ 976KB )
     
       

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