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教会の言葉

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9月のメッセージ
2018-10-19
「今日」という日のうちに
「あなたがたのうちだれ一人。罪に惑わされてかたくなにならないように、『今日』という日のうちに、日々励まし合いなさい」。(ヘブライ人への手紙3章13節)
                         牧師  藤田浩喜
冒頭の聖句と似た言葉が、7節以下、15節以下にも語られています。「今日、あなたたちが神の声を聞くなら、荒れ野で試練を受けたころ、神に反抗したときのように、心をかたくなにしてはならない。」これは詩編95編7節を、この手紙の筆者が引用したものです。「荒れ野で試練を受けたとき」というのは、出エジプトのイスラエルが、40年間カナンの荒れ野をさまよった時のことです。イスラエルは奴隷の地をエジプトから救い出されるという、神の奇跡的な恵みを経験したはずです。ところが、さまよいの中で飲み水や食べ物が乏しくなりました。その現実を見せつけられたイスラエルは、モーセのみならず彼らを救われた神に対して不信の声を上げるのです。奴隷の苦しみを忘れて、「エジプトの肉鍋が恋しい」などと言うのです。しかし、イスラエルだけを非難することはできません。現代の私たちもそうです。教会が展望のない苦境に立たされる、あるいはわが身が困難に立たされる状況を目撃すると、途端に「神さまは本当におられるのだろうか?」と不信の声を上げるのです。自分の目撃したことや感じたことだけを絶対視して、神が信じられなくなるのです。そのような状態をヘブライ人の手紙の筆者は、「惑わされ、かたくなになっている」と警告しているのです。「百聞は一見にしかず」と言います。また現代人は、自分の感性というものを大切にしています。それは間違いではないでしょう。しかし、真実なものを限界のある私たちの目がいつも見ることができるとは限りません。いつも感じ取ることができるわけではありません。筆者は繰り返し、「今日、神の声を聞きなさい」と訴えます。信仰の地平においては、聞くということが何よりも大切なのです。聖霊の働きを伴う神の御言葉を、礼拝の中で兄弟姉妹が共に聞いていく。神をほめたたえる讃美の声を共に歌い、聞き取って行く。神の恵みに応答する祈りの言葉を、互いに聞き合うことによって励まし合っていく。そのような「聞く」ということの中に、私たちは生ける神の存在とそのお方の御業の確かさを、知ることができるのです。見ること以上の神の恵みを知らされるのです。共にみ言葉に聞き、讃美の歌声を聞き、とりなしの祈りを聞き合う礼拝の「今日」を、大切にしましょう。!(2018年9月)
 
 

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