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教会の言葉

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8月のメッセージ
2020-09-18
『共に在るための工夫』   
        牧師 藤田浩喜
「この手紙があなたがたのところで読まれたら、ラオデキィアの教会でも読まれるように、取り計らってください。また、ラオデキィアから回って来る手紙を、あなたがたも読んでください」。     
  (コロサイの信徒への手紙4章16節) 
この手紙を書いた使徒パウロは、コロサイ教会の創設者であるアリスタルコと獄につながれていたようです。主の福音を宣教したためです。しかし、パウロは手紙を書くことができました。手紙をコロサイ教会やラオデキィアの教会に送って、伝道者のいない教会の信徒たちを励まし強めていたのです。そしてこのような手紙は、回覧書簡としてお互い交換して読まれていました。信徒や牧師のいないコロサイ教会は、手紙による信仰の教えを分かち合い、心を合わせで祈ることで、教会の危機を乗り越えていました。ローマ帝国の交通網を利用した手紙というツール(道具)が、大いに活用されていたのです、そのような手紙は、後に新約正典に収められ、世々の信仰者を教え、励ますものとなりました。神さまの御業の不思議さを覚えないではおれません。今回のコロナ禍に直面して、多くの教会が礼拝をネット配信したり、メールで説教を届けるようになりました。インターネット技術の発達とブロードバンドの整備によって、映像やデータが離れている人にも瞬時に送れるようになったのです。こうした試みはコロナ禍以前にも、無牧師の教会で行われ始めていました。そして、コロナ禍を契機に様々な事情で礼拝に集えない会員に、礼拝の映像や説教を届ける取り組みが一気に進んだのです。これは画期的なことです。しかし、教会の活動は、本来「宣教」「交わり」「奉仕」の3つから成り立っています。この3つが豊かに行われてこそ、教会は主イエス・キリストの生きた体として、健やかに成長していくことができます。今は対面でということが難しく、互いに距離を取ることが求められますが、その場に「共に在る」ということが、教会の本質的な姿であるのだと思います。ある憲法学者が国会をリモートで行うことの是非について、国会という場にプレゼント(出席)していないとリプリゼンティティブ(代表)にはならないと言っていました。この言葉は、神の御前に出る信仰者には更に求められているのではないでしょうか。大原則を前提にして、様々は工夫が祝され、用いられるのです。(2020年8月)
 
 

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