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教会の言葉

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11月のメッセージ
2014-12-27

キリストの満ち溢れた群れ      
              
              西宮中央教会 牧師 藤田浩喜
 「こうして、聖なる者たちは奉仕の業に適した者とされ、キリストの体を造り上げてゆき、ついには、わたしたちは皆、・・・キリストの満ちあふれる豊かさになるまで成長するのです」。(エフェソの信徒への手紙4
章12~13節)
 去る、第64回日本キリスト教会大会の議場で、昨今の伝道の不振について、次のような議論がなされました。ある教職が、「教会に世の人が来ないのは、教会に来たいと思うような魅力がないからだ。そしてそれは、教会が真に世の課題を担おうとせず、自らの自己保存だけを考えているからだ。」すると別の教職は、「教会にとって第一に大切なのは、世が求めることに迎合することではない。教会の目的は教会がキリストに成っていくということだ。」私はこの議論を聞きながら、前者の教職が言われたことはよく理解できましたが、後者の教職が言われたことは、今一つピンときませんでした。でも「教会がキリストに成っていくことだ」という言葉が、それ以来気になっていたのです。「教会がキリストに成っていく」、これは勿論、罪と欠けに満ちた教会の群れが、世のメシア(救世主)となり、衆生に救いをもたらすということではありません。メシアはイエス・キリストお一人です。そうではなく、「教会がキリストに成る」ことを目指すというのは、冒頭の聖句にあるように、「わたしたちは皆、神の子に対する信仰と知識において一つのものとなり、成熟した人間になり、キリストの満ち溢れる豊かさになるまで成長する」ということです。教会という群れが、全宇宙の主であるイエス・キリストに満ち満ちた群れとなっていく。キリストの満ち溢れた豊かさが、そこに見られるような群れに成長していく。大会の席上で後者の教職が言われたのは、そういう意味だということに、ハタと思い至ったのです。、教会が魅力ある場所となること、世の課題を共に担うことは大切です。しかしそれは、世の動きに教会が右往左往することではありません。教会が、まずキリストの豊かさの満ち満ちた群れとなまるまでに成長していく、そのことによって教会は世の課題を担い、世の人々を魅了する群れとなっていくのです。その順序は、決して反対であってはならないのです。イエス・キリストは神の愛に生き、真の神の愛を啓示されたお方でした。このお方以上に、世の人々を愛し、世の課題を担われた方はおられません。そのようなキリストに満ちあふれた群れ以上に、世が求め魅了される群れはないのです。(2014年11月)

 

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