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教会の言葉

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4月のメッセージ
2011-05-09

その受けた傷によって           
                西宮中央教会牧師 藤田浩喜         

「(キリストは)十字架にかかって、自らその身にわたしたちの罪を担ってくださいました。わたしたちが、罪に対して死んで、義によって生きるようになるためです。そのお受けになった傷によって、あなたがたはいやされました」
(ペトロの手紙 一 2章24節)
3月11日(金)に東日本大震災が起こりました。この巨大な地震は、三陸海岸沿いを中心に恐ろしい津波を引き起こし、多くの尊い人命と共に、町々村々を呑み込んでいきました。また津波が福島第一原発を襲ったことにより、放射性物質が空にも海にも拡散し、30キロ圏内の住民はもちろん、日本全体を大きな不安に陥れています。
このような3万人近い死者・行方不明者を出した巨大な地震がなぜ起こったのか、地殻プレートの跳ね上がりといった物理的な原因を問うことは別にして、「神は人間による文明への過信をくじくために地震を起こされたのだ!」という式の解釈は、軽々にすべきではありません。神がおろかな人間に教訓を与えるために、何万人もの尊い命を見殺しにするなど、あり得ないことだからです。私たちにできることは、このあまりにも巨大な悲劇を前にして、言葉を失い、ただ沈黙して立ちつくすこと以外にないのではないでしょうか。
歴史に起こるたくさんの悲劇と直面して、キリスト教信仰は、「なぜ、こんなことが起こるのか。神はどこにおられるのか?」ということを、繰り返し問い続けてきました。その問いへの真摯な答えの一つは、神はイエス・キリストにおいて、その悲劇のさ中におられ、傷つき悲しみ嘆く人々のかたわらにおられるのだという理解でした。神は高きにおられて、遠いところから人間世界を教導するだけではない。そうではなく、イエス・キリストにおいて一人の人間となられ、人間としてのあらゆる苦しみと悲惨を経験され、私たちの身代わりとして十字架の死をとげられた。「そのお受けになった傷によって、あなたがたはいやされた」と聖書は語ります。どんなに深い悲しみや苦しみに遭おうとも、どこまでも徹底的に寄りそってくださる主が、そこにはおられるのです。離れ給うことはないのです。
 被災された方々へのメッセージが、国内はもちろん、全世界から寄せられています。その中で多くの人たちが、「わたしはあなたがたと共にいるから!」という言葉を寄せてくれています。「わたしはあなたがたと共にいるから!」このメッセージを、言葉と行動によって、何年もたゆまず語り続けていくとき、悲しみの中にある人々の傷が少しずつ癒されていくのではないでしょうか。   (2011年4月)

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