教会の言葉
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福音の担い手としての幼稚園
西宮中央教会牧師 藤田浩喜
「しかし、イエスは言われた。『子供たちを来させなさい。わたしのところに来るのを妨げてはならない。天の国はこのような者たちのものである」
(マタイによる福音書19章14節)
私たちの教会には幼稚園がありますが、昨今幼児教育には難しい問題があります。それは教育や保育に関わる者たちには避けて通れない問題なのかもしれませんが、子どもの成長を第一に願うと、様々な難しい状況に立たされてしまうことがあるのです。
たとえば、幼稚園には色んな子どもたちが入園してきます。からだや心にハンディキャップがあり、特別な支援を必要とする子どもたちもやって来ます。園長先生から聞いたお話によると、そんな子どもたちが他の幼稚園から門前払いをされて、すずらん幼稚園に来てくれるということが、最近多くなっているようです。そのような特別な支援を必要とする子どもを何とか受け入れたいと、現場の先生方は願っておられます。けれども、それはとても大変なことなのです。突然保育室から飛び出していくような子どもを抱えて、日々の保育を進めていくことはエネルギーが要ります。「ハンディを負った子ばかりに手をかけて、自分の子どもは構ってもらえない」という不満が持ち上がることも起こり得ます。また経営的にいっても行政から特別な補助金が出るとしても、そのために非常勤の先生をお願いしなければならず、収支のやりくりが困難にもなってしまうのです。幼稚園はの経営だけ考えれば、幼稚園が望むような子どもだけ入園してもらい、保護者の方々に満足していただけるような保育をすることが、賢い選択なのかもしれません。
しかし、主イエスは冒頭の御言葉で、「子どもたちを来させなさい。わたしのところに来るのを妨げてはならない」と述べておられます。6月5日(日)の礼拝説教で触れたように父なる神は社会の中で疎外され、最も周辺へと追いやられた者を、ご自分の御許に招かれます。子どもたちはいつの時代にあっても、大人社会の論理や都合によって隅に追いやられてきましたが、主イエスは、その子どもたちが真っ先に天の国に招かれていると言われるのです。
もしそうであるならば、子どもたちが主イエスの許に来ることを、私たちは妨げてはなりません。私たちの幼稚園に助けを求め、支援の手を必要としている子どもたちを妨げてはなりません。そのような子どもたちを招くことの欠けがいのなさを、教会は主によって知らされています。そして教会だからこそ、様々な困難を承知の上で子どもたちを受け容れようとする幼稚園の先生方の労苦に共感し、その貴い働きを心から応援できるのではないかと思うのです。(2011年6月)